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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)11409号 判決 1974年5月13日

原告 渋沢武治

右訴訟代理人弁護士 堀内俊一

被告 相沢きよ

右訴訟代理人弁護士 榎本精一

同 石葉泰久

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物を収去して、同目録記載(一)の土地を明け渡し、かつ、昭和四六年一二月一二日から右土地明渡ずみに至るまで一か月金二五〇〇円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、以前から、被告に対し、原告の所有にかかる別紙物件目録記載(一)の土地(以下本件土地という。)を建物所有の目的で賃貸していたものであり、被告は、右土地上に別紙物件目録記載(二)の建物(以下本件建物という。)を所有し、これを二戸の建物部分に仕切って、その各部分を別個に賃貸していたものであるところ、原告は、昭和四五年一月一日、被告との間で、右土地の賃貸借契約を次の約定のもとに更新する旨の契約を締結した。

(一) 賃料は一か月金二五〇〇円とする。

(二) 賃貸借期間は二〇年とするが、本件建物が崩壊したときは、直ちに契約を解除する。

(三) 被告が本件建物の増改築をするときは、原告の承諾を得なければならない。

2  ところが、本件建物のうち北西側の部分(以下本件建物部分という。)を被告から賃借していた訴外飯尾琢磨(以下飯尾という。)は、昭和四六年八月中旬ごろ、被告の承諾を得たうえ、原告には無断で、右建物部分の改築工事を開始したので、原告は、被告および飯尾に対し、右工事を中止するように強硬に申し入れたが、被告および飯尾は、この申し入れを無視し、飯尾は、同年九月下旬ごろまでに、右工事を完成させてしまった。そして、右工事は、本件建物部分の腐蝕した支柱および間柱を取り替え、腐蝕したトタン張りの外壁をモルタル塗りの外壁とし、木造枠のガラス窓をアルミサッシの窓に替え、破損した内壁を新しいベニヤ板で張り替えるなど、相当に大規模なものであって、その工事の結果、右建物部分の命数は著しく伸長した。

3  そこで、原告は、昭和四六年一二月一一日被告に到達の書面をもって、本件建物部分の無断改築を理由に、本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

4  よって、原告は、本件土地の所有権に基づき、被告に対し、本件建物を収去して、右土地を明け渡し、かつ、右土地の賃貸借契約の終了後である昭和四六年一二月一二日から右土地明渡ずみに至るまで一か月金二五〇〇円の割合による約定賃料相当額の損害金を支払うことを請求する。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1および3記載の各事実は認める。

2  同2記載の事実のうち、本件建物部分を被告から賃借していた飯尾が、原告主張のころ、原告に無断で、原告の主張するような内容の工事をしたことは認めるが、その程度は争う。右工事は、古くなった本件建物部分を補強する程度の工事であって、本件土地の賃貸借契約で禁止されている本件建物の増改築にあたるほどのものではない。

三  抗弁

被告は、本件土地の賃貸借契約の更新の際、原告に対し、更新料として金二〇万円を支払っており、しかも、飯尾が本件建物部分についてなした工事は、建物を補強する程度の工事で、右土地の賃貸人である原告に著しい影響を及ぼすほどのものではないから、右工事は原告に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないものというべきであり、したがって、原告がこのような工事を理由としてなした右土地の賃貸借契約解除の意思表示は無効である。

四  抗弁に対する認否

被告が本件土地の賃貸借契約の更新の際原告に対し更新料金二〇万円を支払った事実は認めるが、その余の主張は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1および3記載の各事実ならびに被告が本件土地の賃貸借契約の更新の際原告に対し更新料金二〇万円を支払った事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件建物部分を被告から賃借していた飯尾がその建物部分についてなした工事の経緯、内容および程度について検討する。

まず、飯尾が、原告の承諾を得ないで、請求原因2に記載の日時ごろ、それに記載のような内容の工事をした事実は、当事者間に争いがなく、そして、この事実と、≪証拠省略≫を総合すると、次の各事実が認められる。

1  本件建物は、昭和の初年ごろに建築された古い木造の建物であるが、少なくとも本件建物部分については、昭和三五、六年ごろ、当時の賃借人であった飯尾の父により、その土台や柱の一部を取り替えるなどの修理が加えられていたため、昭和四六年当時においても、にわかに朽廃に達するような建物ではなかった。しかし、やはりそのころには、柱の一部に腐蝕が生じ、トタン張りの外壁や木造枠のガラス窓の痛みがはげしくなり、二階の床が落ちこみ、雨水が室内にしみこみ、戸のあけたてが不自由になるなどの支障が生じるとともに、物干台や浴場を新設する必要も生じてきたので、飯尾は、本件建物部分の改修を思い立ち、昭和四六年八月中旬ごろ、賃貸人である被告の承諾を得たうえ、その改修工事を開始した。

2  右改修工事の開始を知った原告は、被告に対しては、電話で、飯尾の工事についての説明を求めるとともに、これを中止させるように申し入れ、被告も、そのことを飯尾に伝えたが、原告は、本件建物の隣に居住していながら、直接飯尾に対しては、右工事の続行について、何らの異議も述べなかった。そこで、飯尾は、原告も強くは反対しないものと考え、右工事を続行して、昭和四六年九月下旬ごろまでに、これを完成させてしまった。

3  飯尾が完成させた右改修工事の主な内容およびその程度は、次のとおりである。

(一)  腐蝕した支柱七本の根元に継ぎ柱を加え、腐蝕した間柱については、四本を補強し、九本を取り替えた。また、二階の床が落ちこんでいた部分については、継ぎ柱を加えて、これを復元した。

(二)  南西側の二階部分を除く一、二階全部のトタン張りの外壁をすべてモルタル塗りの外壁とし、建物全体の木造枠のガラス窓をアルミサッシの窓に替え、その支柱も取り替えた。

(三)  建物全体の内壁を新しい化粧ベニヤ板で張り替え、一階部分の天井をすべてクロス張りとした。

(四)  南西側の一階部分を約三〇センチメートル外側(道路側)へ拡げ、北西側の二階部分に約三〇センチメートル張り出した出窓を取り付けた。

(五)  屋上に鉄骨製の物干台を新設し、二階部分から屋上に出る階段を取り付け、一階部分に浴場を新設した。

(六)  右改修工事の総費用は約金七五万円であった。

以上に認定の各事実によれば、飯尾が本件建物部分についてなした改修工事は、かなり大規模なものであって、その工事の結果、右建物部分の命数もある程度伸長したことは明らかであり、したがって、右工事は、本件土地の賃貸借契約において原告の承諾を得なければならないとされている本件建物の増改築にあたるというべきであるが、それにもかかわらず、被告は、右改修工事につき、原告の承諾を得ていなかったことが認められる。

三  そこで、さらに、被告の抗弁について考察するに、まず、以上の一および二に判示の事実関係からすれば、本件については、次のような点が注目される。すなわち、原告は、昭和四五年一月一日、被告との間で、本件土地の賃貸借契約を更新するにあたり、賃料を一か月金二五〇〇円、賃貸借期間を一応二〇年と定め、かつ、被告から、更新料金二〇万円の支払を受けたこと、この更新料の金額は、賃料額と対比すれば、必ずしも低額であるとはいえないこと、飯尾の本件建物部分についての改修工事は、右更新後間もない昭和四六年八月中旬ごろに開始されていること、当時、右建物部分は、にわかに朽廃に達するような建物ではなかったこと、右改修工事の内容および程度は、右建物部分の賃借人である飯尾の日常生活上、必要な範囲内のものであったと認められ、その工事の総費用も約金七五万円にすぎないこと、しかも、原告は、右改修工事の際、本件建物の隣に居住していながら、直接飯尾に対しては、その工事の続行について、何らの異議も述べなかったこと、以上のような点が注目される。なお、本件土地の賃貸借契約において、被告が原告の承諾を得ないで本件建物の増改築をしたときは、原告が何らの催告をも要せず直ちにその契約を解除することができる旨の約定がなされたことについては、何らの主張、立証がない。

以上のような事情を総合して判断すれば、飯尾が、被告の承諾を得たうえ、本件建物部分についてなした改修工事は、本件土地の賃借人である被告による土地の利用上それほど不当なものであるとはいえないし、また、右工事の結果、右建物部分の命数がある程度伸長するとはいえ、右土地の賃貸人である原告に著しい影響を及ぼすほどのものではないから、右工事は原告に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないものというべきである。

したがって、原告が右のような改修工事を理由としてなした本件土地の賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じないものと解するのが相当である。

四  よって、本件土地の賃貸借契約解除の意思表示がその効力を生じたことを前提とする原告の本訴請求は、結局理由がないことに帰するから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥村長生 裁判官西村四郎は転補のため、裁判官紙浦健二は職務代行を解かれたため、いずれも署名捺印することができない。 裁判長裁判官 奥村長生)

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